新旧のお正月の事。
今日は、旧暦の大晦日でして、明日はお正月になります。
幸い、こちらでは初日の出を拝めそうです。
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さて、アマテルカミのお誕生日が元旦の事でして、天皇誕生日の元祖なようなものなのでなお目出度いのですが。
太陰太陽暦にあらたまったのは、アマテルカミの御世の事でした。
オモイカネさんが、太陰太陽暦を作って、それを8代アマカミのアマテルカミが全国に施行なさったのでした。
そうしますと、アマテルカミのご誕生の際には、太陰太陽暦以前の事でしたから、おそらくは太陽暦が用いられていたことになります。
つまり、
明日は、厳密に言いましたら、アマテルカミのご誕生日とも言いかねるのかも知れません。つまり、現行の太陽暦の元旦がアマテルカミのお誕生日とするべきかと、なります。ややこしいですね。
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さて、もうちょっと、よく考えますと、
太陰太陽暦にコヨミ(暦)の変更がおこなわれたのが、
はたして、アマテルカミの時かどうか?
ここに、疑問が生じてまいります。
ひとつには、年中行事が太陰太陽暦の要素の許におこなわれている事。
もうひとつは、2代目アマカミのクニサツチのト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの命名が、太陰太陽暦の季節感の許に編まれている事があります。
つまり、コヨミ(暦)の歴史は、だいぶ早い時代に太陰太陽暦が用いられていた。が、その精度はまだ低かった。それをオモイカネが高度に編み直して8代のアマテルカミが全国に施行させた。と見るべきですね。
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何しろ、このように、色々とあれやこれやと考慮を続けているわけですので、
こうだ! と言う、教科書作りには、長い道のりが必要のようです。
その道行きにおきまして、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」だけは駄目です、と申し述べたいです。
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このように、ヲシテ時代は長いので、
簡単に論じようとすることも、思いの外にむつかしいものです。
ねずみ男に齧られないようにしたいものです。
特に注意したいのが、
アマテルカミを「天照大神」と、ペタッとイコールに当て付けするやり方です。
「天照大神」は記紀の誤ったイメージが濃厚に付着した言葉です。それと、ヲシテ文献の8代アマカミとしてのアマテルカミとは全く異なります異質です。
誤訳の記紀では、一度もこの地上に降り立ったとは表現されてない「天照大神」。この間違った認識が1300年間の重みを持ってこびり付いたのが「天照大神」の言葉です。
記紀の原書のヲシテ文献では、8代目のアマカミ(神武以前の天皇陛下)として、まつりごと(政治)を実際にお執(と)りになられてご苦労の絶えなかった偉人。この事実は、新発見されたばかりのホヤホヤの概念です。
水と油のように混ぜてはダメなもの、すぐに分離してしまう様なモノを、
これを、イコールに結び付けてしまうのが誤訳の,直訳偽書作りの、本質なのです。
良いことやってる、と思っての事なのである事は、それなりに理解できます。
ですが、「訳した」という結果のところは、
一言で言いますと、無茶苦茶です。
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これほどに、しつこくも何回も幾度も繰り返して申しますのは、過去40年来の追憶の責認からのことで御座います。
わが国の尊さを縄文立国からこそ、言うことが出来る!
この発見から、強くの思いで、やってきましたです。
それが、事もあろうに、怪しげな乳化剤を混ぜ込んで、など、
本当に強烈な危惧をのど元に突き付けられたるがような、そんな生きるか死ぬかの危機です。歴史を直そうとしてますのに、明日がどうなるか? どうするか? 喫緊の真偽の判断責め立てにあいます。 わたくしは、従前から真偽混ぜこぜにしてのぐちゃぐちゃが、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」で、これは間違った路線です。と、何十年も前から主張してきました。
直訳の、「秀真伝(しゅうしんでん)」は、やっぱり、どう見ても、何処か、変なのです。
直訳の本が、なんか変だなー ? と、思っての事、 これは、大体のところ万人共通でしょうね。 きちっと、ヲシテ文字の原文で読んでる人は、 まずもって100%に近いと思います。 ところが、直訳の漢字仮名交じり文に、一生懸命にあれこれやった後、 よくよく、読み直してみたら、なんなのか? 何か変なのです。こころの隅には何処か違和感があるのです。
ヲシテの文字をちゃんと読めて、原文をそのまま当時のように読んでたら、現代漢字仮名交じり直訳文では、やっぱり、どうにも、変なのです。
直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」は、何だか変だ! と言うのは、
その、何の原因に拠ってであるのか? ですね。
だって、変だと思うのは、ヲシテの文字を読めて、ヲシテの文章の原文を読んでたら、誰だって直訳文は変だなー - と気が付くはずだと思いますです。
変な事だと、うすうすは気が付くのは、みんな誰でもそうなのだと思います。
要は、その、変な思いの起きる、
それの、原因は何なのか? と言う事ですね。
それは、
単に、真偽混ぜこぜのぐちゃぐちゃだからだったからだ、と私は考えます。
「真」と「偽」が、ごちゃごちゃにされてるのでおかしいのですね。謂わば、まだらのコマです。
ヲシテ文献は、記紀の原書であって本物。
記紀は、誤訳の塊です。それを、事もあろうかな、ごちゃごちゃブレンドするから、全体がおかしくなって、偽書のレベルにおちいるのです。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」です。
本当のところ、日本の本来の源流は、とっても美しく清らかです。直訳偽書に汚されてはならないと思います。
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とにかくもの第一歩は、
ヲシテ文献の人物の名称などを、記紀の漢字のものに直接にイコールの当て付けをするのは、やめましょう !!
アマテルカミは、「天照大神」と、イコールに、と、言うのは絶対にやめて下さいませ。
1300年来のおかしげなモノなど、これを、一から引っぺがすこと、
此処に於いてしか、本来のわれわれクニトコタチさんからの国家に於いてのみなもとの再構築は有り得ないのですね。またさらに、此処がきちっとてしなくては、グローバルの視点でも未来の展望についても、真っ暗なような暗闇になってしまうわけです。ヲシテ文献は、我が国だけの宝では無いと、数十年来からの大昔しから思い続けて来てましたので、求道者のような道行になってしまいました。これからもそのような事々だと思います。案外、クニトコタチさんも、周囲の時間軸には悩み多きものが多かったと推測してのわたくしです。
根拠をどう定めゆくかは、大きな成り行きの事だと思います。
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ヲシテ文献の「アマテルカミ」と、漢字文献の「天照大神」をイコールで結ぶのが、
これが偽書作りの第一歩です。ねずみ男の大好物です。
「偽書だ!」 「偽書だ!」と言って騒ぐネタが此処に見つかったのですからね。
安曇川の本拠の土地でも、過去に多くありました。また、日本国中のいたるところの各地の、何処でもそうですが、ヲシテの文字の特殊文字の区別も出来ずに、また基本文字のヲシテの事でも満足に読み書きできないくせに、矢鱈ニコニコしながら近付いて擦り寄って来て、本心は陰で揚げ足取ろうとしてる人はいっぱい居てますので、皆様、ご用心の事々で御座います。
われわれの根拠としての第一は、記紀との照合に拠る、ヲシテ文献の先行性です。
第二の根拠は、「ヤマト コトバ」がヲシテ文字のイメージによって根底の所からの醸成が成り立っている事。
このふたつを、肝に銘じて頂けましたら、何ら、誰さまであってもあられましても、ヲシテ文字も満足に読めないような人の言う事なんか気にする必要もありません。こちらは、揺るがせない真実に依拠しているのですからね。
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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、
直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」
として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。
原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。
でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。
何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。
1300年来の誤訳です。
1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。
1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。
字(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。
ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。
現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。
そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。
ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。
古典は、元々の原字原文で読むべし! わが国の古典ですよ。
例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。
根拠のことなどは、こちら。
ホツマの名称の事は、こちら。
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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!
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古史古伝、は「偽書」です。 お間違えなく!
直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。
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