ホツマツタエに遭遇して。 基本に返って考える。根拠は何か? 『古事記』『日本書紀』との対比比較の事。
やさしい入門書など見てみますと、
ヲシテ文献は高度な哲学書でもある事が、ついつい抜けて忘れ去られてしまいます。わが文明は縄文時代からの世界に冠たる大文明であった、と、言う事が、すっかり抜け落とされてしまってはいけません。
とくに、ヲシテ文字も読めない著者、「ヲシテ文献・索引」を使いこなしてない著者、
そんな、「秀真伝(しゅうしんでん)」の人達の書いてる本などが多いのでご注意願います。アマテルカミのお使いだったヲシテの文字を読めなかったら、アマテルカミのお気持ちが解る道理がありません。
「日本ヲシテ研究所」で推奨書籍を掲げてますのでご参考になさって下さい。
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「ホツマ」だけでなく、本当の漢字以前の「日本」の姿は、大文明であった真実の姿は、すべてのヲシテ文献をきちっと調べることです。「ホツマ」だけで解るはずがありません。 「ホツマ ツタヱ」は、ヲシテ時代でのNo.3の第三位の書物でした。第一位や第二位に尊い書物をほっといてどうして真相が解るはずもありません。本当のヲシテ時代の「日本」への入門としまして、ふたつの基礎の事を掲げます。
1、ヲシテ文献の原字原文での素読。
2、『古事記』『日本書紀』との対比比較をして、ヲシテ文献が記紀の原書である事を確認する。その内容比較をして、どの文献がどのように良いか良く無いかを判定して認識する。
そうしましたら、
『古事記』が如何(いか)にひどいモノであるのか。この認識が生じる事でしょう。
ヲシテ文献の読みについても、長らく怠けていた私の女房なども、この頃はちゃんとルビ無し本で原文を読みだしてましたら、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」にゾーッとする感覚が解ってきたそうです。30年ぶりの理解ですね。
『古事記』や『日本書紀』と同列扱いにして「ホツマ」を言うような人達は、まだまだ、入門以前の事ですね。
きちっと、『古事記』のひどさを認識する。此処(ここ)からが、初めてヲシテ文献に拠る国学の再構築への第一歩になると考えます。
だって、目を見開いて記紀との対比を見たら、一目瞭然でしょう? その差が格段なのを、同列扱いは大間違いです。あなたの目は、節穴か? と言うべきことになりますです。 なんで『古事記』はこんなにひどいんだ! と、気が付かないのは、どうかしてると思います。私のように凡庸人にでも解る事ですよ。
参考書籍として 『定本ホツマツタヱ』 も提供してます。気に食わなかったら、ご自分で比較してみて下さい。
読み解き書籍として、 『ホツマツタヱを読み解く』 も公開してます。
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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、間違った方向はマイナスですから、逆方向です。
ひどい人たちにつきましては直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」
として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。
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古史古伝、は「偽書」です。 お間違えなく!
「秀真伝」も「偽書」の一種です。
「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を
漢字表記してるので、スグ分かります。 お間違えなく!
せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、
なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。
共に、即、廃棄してください! 捨ててくださいね。
偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!
















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