2012年1月29日 (日)

『資本主義以降の世界』中谷巌さん。 お勧めします。

文明論のこと。

長い時代のスパンでの視点は、この時代に於きまして、

とっても重要だと思います。

そんな意味で、文明論のこと、『資本主義以降の世界』中谷巌さん(徳間書店)は、示唆に富んで面白いと思います。

ヲシテ文献の発見がありましたのは、われわれのヲシテを知るモノのみですから、
いくつかにおきましては、クエスチョンマークの付くのは当然の事です。

              ・

われわれが、ヲシテ文献の理解をしてゆくについても、

長い歴史の視点、全世界的な視点をもって、わが民族の縄文文明の位置の在り処が、その有用性が明らかになると考えます。

グローバルな大きな時代潮流の流れの把握につきましては、

エマニュエル・トッドさんと並ぶと思います。

氏は、構造改革推進でしたから、いろいろと、思うところのおありの場合もあるでしょう。オオナムチも慢心で罪を得ました。しかし、改心してオオナムチは「ヒスミ・キミ」の褒め名を得ました。壁にぶち当たってみて、それで、思いが進展する事も、ヲシテ時代にもありました。

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また、すべてがすべて、受け入れられるとは申せませんが、

やっぱり見ておくべきものだと思います。幾つかの視点は、とっても有用です。

お勧めいたします。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

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2012年1月22日 (日)

旧暦と、新暦の事。 ホツマなどヲシテ時代の長いこと。  直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」のねずみ男にご用心。

新旧のお正月の事。

今日は、旧暦の大晦日でして、明日はお正月になります。

幸い、こちらでは初日の出を拝めそうです。

          ・

さて、アマテルカミのお誕生日が元旦の事でして、天皇誕生日の元祖なようなものなのでなお目出度いのですが。

太陰太陽暦にあらたまったのは、アマテルカミの御世の事でした。

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オモイカネさんが、太陰太陽暦を作って、それを8代アマカミのアマテルカミが全国に施行なさったのでした。

そうしますと、アマテルカミのご誕生の際には、太陰太陽暦以前の事でしたから、おそらくは太陽暦が用いられていたことになります。

つまり、

明日は、厳密に言いましたら、アマテルカミのご誕生日とも言いかねるのかも知れません。つまり、現行の太陽暦の元旦がアマテルカミのお誕生日とするべきかと、なります。ややこしいですね。

            ・
さて、もうちょっと、よく考えますと、
太陰太陽暦にコヨミ(暦)の変更がおこなわれたのが、
はたして、アマテルカミの時かどうか?
ここに、疑問が生じてまいります。
ひとつには、年中行事が太陰太陽暦の要素の許におこなわれている事。
もうひとつは、2代目アマカミのクニサツチのト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの命名が、太陰太陽暦の季節感の許に編まれている事があります。
つまり、コヨミ(暦)の歴史は、だいぶ早い時代に太陰太陽暦が用いられていた。が、その精度はまだ低かった。それをオモイカネが高度に編み直して8代のアマテルカミが全国に施行させた。と見るべきですね。


         ・      ・
何しろ、このように、色々とあれやこれやと考慮を続けているわけですので、
こうだ! と言う、教科書作りには、長い道のりが必要のようです。
その道行きにおきまして、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」だけは駄目です、と申し述べたいです。

                ・

このように、ヲシテ時代は長いので、

簡単に論じようとすることも、思いの外にむつかしいものです。

ねずみ男に齧られないようにしたいものです。

特に注意したいのが、

アマテルカミを「天照大神」と、ペタッとイコールに当て付けするやり方です。

「天照大神」は記紀の誤ったイメージが濃厚に付着した言葉です。それと、ヲシテ文献の8代アマカミとしてのアマテルカミとは全く異なります異質です。

誤訳の記紀では、一度もこの地上に降り立ったとは表現されてない「天照大神」。この間違った認識が1300年間の重みを持ってこびり付いたのが「天照大神」の言葉です。

記紀の原書のヲシテ文献では、8代目のアマカミ(神武以前の天皇陛下)として、まつりごと(政治)を実際にお執(と)りになられてご苦労の絶えなかった偉人。この事実は、新発見されたばかりのホヤホヤの概念です。

水と油のように混ぜてはダメなもの、すぐに分離してしまう様なモノを、

これを、イコールに結び付けてしまうのが誤訳の,直訳偽書作りの、本質なのです。

良いことやってる、と思っての事なのである事は、それなりに理解できます。

ですが、「訳した」という結果のところは、

一言で言いますと、無茶苦茶です。

                     ・

これほどに、しつこくも何回も幾度も繰り返して申しますのは、過去40年来の追憶の責認からのことで御座います。

わが国の尊さを縄文立国からこそ、言うことが出来る!

この発見から、強くの思いで、やってきましたです。

それが、事もあろうに、怪しげな乳化剤を混ぜ込んで、など、

本当に強烈な危惧をのど元に突き付けられたるがような、そんな生きるか死ぬかの危機です。歴史を直そうとしてますのに、明日がどうなるか? どうするか?  喫緊の真偽の判断責め立てにあいます。 わたくしは、従前から真偽混ぜこぜにしてのぐちゃぐちゃが、直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」で、これは間違った路線です。と、何十年も前から主張してきました。

直訳の、「秀真伝(しゅうしんでん)」は、やっぱり、どう見ても、何処か、変なのです。

直訳の本が、なんか変だなー ?   と、思っての事、 これは、大体のところ万人共通でしょうね。 きちっと、ヲシテ文字の原文で読んでる人は、 まずもって100%に近いと思います。 ところが、直訳の漢字仮名交じり文に、一生懸命にあれこれやった後、 よくよく、読み直してみたら、なんなのか? 何か変なのです。こころの隅には何処か違和感があるのです。

ヲシテの文字をちゃんと読めて、原文をそのまま当時のように読んでたら、現代漢字仮名交じり直訳文では、やっぱり、どうにも、変なのです。

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」は、何だか変だ! と言うのは、

その、何の原因に拠ってであるのか?  ですね。

だって、変だと思うのは、ヲシテの文字を読めて、ヲシテの文章の原文を読んでたら、誰だって直訳文は変だなー - と気が付くはずだと思いますです。

変な事だと、うすうすは気が付くのは、みんな誰でもそうなのだと思います。

要は、その、変な思いの起きる、

それの、原因は何なのか? と言う事ですね。

それは、

単に、真偽混ぜこぜのぐちゃぐちゃだからだったからだ、と私は考えます。

「真」と「偽」が、ごちゃごちゃにされてるのでおかしいのですね。謂わば、まだらのコマです。

ヲシテ文献は、記紀の原書であって本物。

記紀は、誤訳の塊です。それを、事もあろうかな、ごちゃごちゃブレンドするから、全体がおかしくなって、偽書のレベルにおちいるのです。直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」です。

本当のところ、日本の本来の源流は、とっても美しく清らかです。直訳偽書に汚されてはならないと思います。

      ・                 ・

とにかくもの第一歩は、

ヲシテ文献の人物の名称などを、記紀の漢字のものに直接にイコールの当て付けをするのは、やめましょう !!

アマテルカミは、「天照大神」と、イコールに、と、言うのは絶対にやめて下さいませ。

1300年来のおかしげなモノなど、これを、一から引っぺがすこと、

此処に於いてしか、本来のわれわれクニトコタチさんからの国家に於いてのみなもとの再構築は有り得ないのですね。またさらに、此処がきちっとてしなくては、グローバルの視点でも未来の展望についても、真っ暗なような暗闇になってしまうわけです。ヲシテ文献は、我が国だけの宝では無いと、数十年来からの大昔しから思い続けて来てましたので、求道者のような道行になってしまいました。これからもそのような事々だと思います。案外、クニトコタチさんも、周囲の時間軸には悩み多きものが多かったと推測してのわたくしです。

根拠をどう定めゆくかは、大きな成り行きの事だと思います。

              ・

ヲシテ文献の「アマテルカミ」と、漢字文献の「天照大神」をイコールで結ぶのが、

これが偽書作りの第一歩です。ねずみ男の大好物です。

「偽書だ!」 「偽書だ!」と言って騒ぐネタが此処に見つかったのですからね。

安曇川の本拠の土地でも、過去に多くありました。また、日本国中のいたるところの各地の、何処でもそうですが、ヲシテの文字の特殊文字の区別も出来ずに、また基本文字のヲシテの事でも満足に読み書きできないくせに、矢鱈ニコニコしながら近付いて擦り寄って来て、本心は陰で揚げ足取ろうとしてる人はいっぱい居てますので、皆様、ご用心の事々で御座います。

われわれの根拠としての第一は、記紀との照合に拠る、ヲシテ文献の先行性です。

第二の根拠は、「ヤマト コトバ」がヲシテ文字のイメージによって根底の所からの醸成が成り立っている事。

このふたつを、肝に銘じて頂けましたら、何ら、誰さまであってもあられましても、ヲシテ文字も満足に読めないような人の言う事なんか気にする必要もありません。こちらは、揺るがせない真実に依拠しているのですからね。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

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2012年1月18日 (水)

水尾神社(みお じんじゃ)の修理の事。 『ホツマツタヱ』などヲシテ文献の伝来に、所縁のとても深い神社です。

『ホツマツタヱ』もそうですが、もっと尊い『フトマニ』や『ミカサフミ』が、現代に伝わったことは奇跡と言って間違いない事と思います。

その、大きな所縁(ゆかり)は、高島市の水尾神社にひとつあります。過去、区別の意味で「みずのお」と呼んでたことが積年の心の重りです。なにしろ、安曇川平野に、「みお じんじゃ」が式内社(『延喜式(えんぎしき、国家の行政の制定書、西暦927頃に完成)』に記載のある神社、しき ない  しゃ)だけで二っつ、式外社(『延喜式』に記載されてない神社、しき げ  しゃ)がひとつで、都合、三社あります。それは、深く長い歴史を伝えるものなのですが、区別に困ってしまいます。(水尾神社、三重生神社、三尾神社。 現代に、普通に発音して大体のところ、すべて、「みおじんじゃ」)

水尾神社は、相当に、傷んできているようです。修理の事、わたくしも、及ばずながら銅版を寄付させていただきました。

イワツクワケさまは、イクメのキミ(11代、垂仁天皇)と、美人で有名だったカマハタさんとの間に儲けられたミコ(皇子)さんでした。後のはるか後に、イワツクワケさんのご子孫として『日本書紀』に伝えられる(ヲシテ時代が終わった後は、どうにも確定的な把握はむつかしいです。『古事記』はそもそも眉唾な事が多いですし)継体天皇の即位がうまく出来て、皇統がこのゆかりの有ったおかげで繋がったのでした。イワツクワケさんは、どう言いましても重要なお方様です。

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お父さんの、ヤマシロ・サラスさんも気苦労の程の評判の美人でした。わたくしのように、凡庸な才覚なのも、親にとっては心配だったでしょうが、 才知に長けて、研ぎ澄まされ過ぎてるのも、心配でしょうね。当人はまったくの知らず知らずの事に敵を作り過ぎてしまうからですね。秀才と言えば田坂広志さんも原発事故の対処のことで内閣参与の事など、確かに、良いこと言ってるのですが、どうしても、ちょっと何処かが引っかかってしまう。何かしら、どこか俄かには私には腑に落ちないのですね、解らないのです。ちょっと冷めすぎているような、そんな感覚が、どうしても私には拭いきれ無い様に思えてなりません。当事者意識が、なんか、どっかがとっぱずれてるような? そんな思いの有るのは、私のような雑草のような草莽の思い間違いの事であるのでしょうか?

原発事故に見舞われて、追っぱわれ苦しんでいて、 ホント どうしようか?  と、 もがき悩む日々、 この人の無念さを、私は思います。 本当に、無念な事だと、お察しするばかりで御座います。佐藤栄佐久前知事の無念さも重なりますです。

結局のところは、軽すぎるのが問題なのだと思います。何が違うか? 陛下のお気持ちとですね。それは、「トのヲシテ」の精神のその有りや無しやの所だと思います。

ソフトバンクの孫さんは、100億円の寄付をなさいました。偉いと思います。田坂さんは何をどうしたのか?  ですね? タウンミーティングみたいなのをやった。 ですか?  ちょっとどうかしてますね。 せめて、安定化ヨウ素剤の配布に尽力してたら、プラスの評価を出来ますね。参与に入ったその日だったら、まだ間に合ったと思いますがね。拡散予測の「スピード」の公表を進言するとかですね。これを合成の無責任だ、なーんて言っちゃってて?  全責任を被っても、ひとりで公表するのも可能だったのかも知れませんね。砕石の放射能物質の拡散汚染は、防げてたかも? それは、肚(ハラ)の据(す)わったことだと思います。

どさくさには、いろいろと、御座いましょうが、過去の勉強からの成果が、発揮されてこそだと思います。何の為の勉強であったのか? 放射線に対する医学的な人体に対する障害についても勉強していたと、田坂さんは記していたと思いました。タウンミーティングが、一体何の事なのでしょうか?  平穏な平時においては、それは、民意の熟成の固めてのより良い様にとの事は、とっても大切です。  が、緊急時に於いては、避けるべき大きな事々か、気にするほどでない事々か、判断を示してゆくのが専門家たるべき役割だと思います。昨日に読んでちょっといささかどうか? と、思いましたので、追記しました。もうちょっと重みが重力のありかが感じられてこそと思います。これ程の大事故ですから、肚から解るというような、どしっとした文章、その根底になる完全実在の覚醒・覚悟に於いてこそがあり得ねば、無為で無意味だと思います。「トのヲシテ」の精神の抜けた、蛻(もぬけ)の殻? 空?  折角の秀才も、「トのヲシテ」が抜けてるので…  、なのですね。 ここさへ直せれば!  です。 だから、我が国は此処から直さないといけないと、考える次第で御座います。この根拠の確定には建国の在り処の見直しがどうしても必要です。 この例えで参照して申しましたのは、田坂広志さんの本の『官邸から見た原発事故の真実』(光文社新書、558)です。

              ・ 

脱線が、長くなってしまいまして恐縮です。時節がら、ついつい…。

イワツクワケさんのご誕生の秘話の事で御座いました。美人のお母様のカマハタさんの事でした。

付いての事のあたりで御座いますが、歴史的に見ましては、更なることであると思います。つまり、女性としての場合、今現在ではそんな事と言われもしましょうが、古代では気量よしで美人過ぎるのも、有り難たすぎて、別の意味で妬(ねた)まれなどの苦労が及びそうで、親としてはとても心配なのですね。

「オオタタネコがカモカミ(上賀茂・下鴨の神社)の破(やぶ)れ果てての再建の事で、当時のミヤコ(首都)の奈良盆地から京都盆地に行く途中に、タマミツ(玉水、京都府綴喜郡井手町大字井手の付近。木津川を挟んでの対岸に一休さんの一休寺がある)のヤマシロのサラスの家に至った時の事でした。オオタタネコの顔を見て、サラスは悩みを打ち明けて教えを乞うたのでした。

娘のカマハタが、三軒の家からお嫁さんにと、求められて、有り難いのですが、どこの家に嫁がせても、袖にした家からは恨まれてしまう。何か良い考えは御座いませんでしょうか?

そう聞かれても、オオタタネコは困ってしまいました。即答できません。そこで、明日にはカモカミに詣でることにしていますので、そこで、定めれば良いかも知れません。

と、答えるのでした」

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                  (右下に玉水、Aの地点が一休寺、上方の矢印の所が樺井月神社、水主神社。     玉水の井手町なんて、胸を張って「美人の里」と言うと良いと思います、カマハタさんに加えて小野小町もこちらに住まいしてたそうです。十分の条件ですね)

それで百日詣での祈願やら何やかや紆余曲折の末に、結局のところカマハタさんは、時のキミ(天皇陛下)のイクメさん(垂仁天皇)のおキサキさんに上がることで、丸くおさまったのでした。「ミ(三)・ヤ(家)に、こふ(乞う、結婚の申し込み)」程の評判の大人気が無かったら、イワツクワケさんのご誕生は無かったという事になります。

おそらく、美人のカマハタさんの評判の事が無くて?  イワツクワケさんのご誕生の事も起きませんよね、 そして継体天皇さんの皇位継承が実現していなかったとしたら?  !    と、今にも思うばかりで御座います。そんな成り行きになってしまってましたら、ヲシテ文献の今に伝わるわけもない事ですね。恐懼の若しやの思い返しの想像です。

これが、イワツクワケさんのご誕生の秘話でした。

              ・

さて、さて、本題でした。イワツクワケさんの深い所縁(ゆかり)の、

水尾神社(みお 神社)からの、たっての要請の文書は、次に掲げます。 (文書の画像は、クリックしてもらうと大きくなります)

大修理をするので、来年3月に竣工の段取りだそうです。

      連絡先は、520-1132 高島市拝戸237  

              水尾神社  宮司の 河毛悦男さん

Photo_3   

金額もそれは勿論多いにこしたことは御座いませんが、数多くのお人のご篤志こそが、さらに有り難い事だと思います。わが国は、これから、われわれが歩み出しのところから作ってゆかないと、どうにもならないのだと考えております。

高島市は、ずばり、「建国の故郷」として言うべきですね。

ただし「天成神道」だなーんて変てこ造語で言うと、「偽書だ!」となっちゃいます。ここが注意の為所(しどころ)なのですね。あくまでも、ヲシテの文字、ヲシテ文献の典拠に基付いての話でなければなりません。「神道」の言葉自体が8世紀以降のものだからです。お解かりですね、「神道」なんて概念で捉えるから「偽書」になるのです。ねずみ男に齧られちゃいますのです。 ヲシテ時代では宗教と言うより「哲学」として捉えないとおかしいのです。

今は「神社」を「じんじゃ」と読んでますが、ヲシテ時代なら、「カミ(祖先)のヤシロ」とか「ミヤ」とか「ホコラ」の呼び名になります。儒教や仏教が渡来したから、変容を受けて宗教っぽく変化したのです。ヲシテ時代の感覚に戻すには、「宗教」ではなくて「哲学」の感覚に於いて見直してみないといけません。詳しくは、 『縄文人のこころを旅する』 をご覧ください。

水尾神社には、ちゃんとサルタヒコさんもお祭りしていると言う伝承もあります。岳山(だけさん)参りもあります。「建国の故郷」ならではです。 その、中核の水尾神社が破(やぶ)れていては良くないと思います。

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ミオの「オ」は特殊ヲシテ文字です。

           ・

「天成神道」では絶対にダメであって、

ヲシテ文献の本来の「アメのミチ」でないといけませんよと言う、

その根拠になる、

「アメのミチ」の関係のリストを掲げます。

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以上の用例を見てもらいましてら、

金輪際において「天成神道」なんて言葉は、使いたくない、見るのも気持ち悪い、という事がお解かり頂けると思います。

              ・

ついでながら、「アマナリ」の用例は皆無です。

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そもそもが直訳偽書の「秀真伝」として偽作された語彙の「天成神道」を、「あまなりのみち」何て言うのは、2重にも3重にもの錯誤なのです。

これが、ねずみ男の思う壺。

      ∞     ∞     ∞

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原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

現代訳はありますか? なんて言う、いかれた魂胆が偽書の始まりです。

そんなあなたは、偽書を求めて、そして「偽書だ!」「偽書だ!」と騒ぐのです。

ちゃんと、原字で原文でお読みなさいよね。わたくしは、当たり前のことを言ってます。

古典は、元々の原字原文で読むべし!    わが国の古典ですよ。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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            ・

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2012年1月16日 (月)

鞍居桃のこと。  西王母のこと、トヨケカミとの事。

群生してるので、保存は大丈夫だろうとの事。

鞍井小学校が今年の4月で閉校になるとのこと。

鞍居桃は?  その行く末は?

危惧を抱きましての事で御座いました。

保存に関しましての危惧には、校長先生は、そこらに沢山に群生してるので、大丈夫だろう。

との事でした。

有効活用の少ない樹木は、至って、冷淡な扱いを受けて来ての事のようです。まったくのところ、その時点の瞬間の事々での判断で御座います。それは、ヲシテやヲシテ文献につきましては更に如実な様相です。ですが、本来の「日本」の真実の宝を再発見するためには、これが、金よりもダイヤモンドよりもレア・アースよりも重要なのですね。  と、知ってもらいたいと、言を大きく言いたい、叫びたいです。

              ・

桃と言って、今フツーに食しているピーチのモモはの事ですね、スモモの様なツルツルの実ではなくて、毛桃の品種の事です。

中国大陸から奈良朝時代ごろに、日本に渡来したのか?

 (これが、悲しいかな、通説になっておりますですね。何時ものように、この様な、ねずみ男のような、簡便簡易の把握が誤認を生じる大問題なのですが…  ?  ね。 

以前には、サクラも、渡来だとか?

 いや、馬も、渡来だとか?

でも、馬具は弥生遺跡からも発掘がされて…、

サクラは、幾ら何でも奈良朝渡来だと信じる人は、もう居ませんですよね?

NHKは、数年前まで、桜は中国渡来だなーんて、公然と言ってたものでした

恐ろしいことで御座います。

日本全国、北から南まで、サクラのやま・サクラの品種の亜種はとっても多いのです。美しい種々です。これが、奈良朝に初めて輸入されてから、全国に何千キロも? 広がって、極めて多くの亜種を根付かせて各地の気候に適合させたなんて、?  あり得る話には、 いくら何でも、その範疇にはあり得ない推測です。間違った推測です

さてさて、サクラの事も同様ですが、実に細かい繊毛の桃、つまり、今のピーチ(桃)の毛桃の事です。

これが、本当は日本自生種であったのか?

ここが、大きな分かれ目のポイントなのです。我が国の、ピーチ(モモ)の自生の事の有りや無しや?  の 判定の極めて重要な事案なのです。はっきりしましたら、ヲシテ文献にある「ミチミのモモ」は、実在だったという事、つまり、西王母は、日本からの賜りものを大事に中国で育てたという事が判明して、我が国から中国に「モモ」が渡ったと言う事実認定をする事になるわけです。鞍居桃の実在は、太平洋の孤島の鳥島よりも、ある意味でもっと重要なのかもしれません。

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この、事々は大きいと思います。西王母の日本に、トヨケカミにミチを乞うて拝謁の事々です。ミチを習ったのですね。さらに、遡って言及しましたら、クニトコタチさんのミコ(皇子)達の8人は、そのうち、「カのミコト」は中国大陸に赴いているのですね。何の、仲違いをするべき歴史にはないわけです。古く、縄文・弥生の時代にまで遡ったらの事です。

           ・        ・

鞍居桃のこと、そのような意味でも、証明の確たる根拠です。大切な事々の一つで御座います。

以前には、若い実をお送り頂きました。

 http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-4b8a.html

鞍居桃の苗木を得て、こちらでも、植えてみたいとかねてから、ずっと思っております。 如何なるや、 ですが。

      ∞     ∞     ∞

直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

(本来のヲシテ文字)も読めない人の言う事は、無視してください。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

         ∞      ∞

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本当の意味での、日本の独立は縄文遡及で!

            ・

古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

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2012年1月15日 (日)

「本・国学」のこと。 『ホツマツタエ』などヲシテ文献の位置につきまして。 「あなみ」のこと。

『ホツマツタヱ』『フトマニ』『ミカサフミ』の、

ヲシテ文献の位置は、記紀すなわち『古事記』『日本書紀』の原書であるという事です。

問題は、ヲシテ文字が考古学で言う縄文時代から国字であったところ、

人皇の15代応神天皇の時代の頃に、外国語の漢字が国字に制定された、大変革の事があった事実に、ヲシテ文献の発見に伴って、気付かされたわけでした。漢字以前の時代の本当の我が国の真相に迫らなくては、今後の未来は融けゆくばかりです。

               ・

その様な、根本的な見地に立って、いろいろと考究を進めるところです。

この見地が、歩みは遅くとも、本来の国学の再構築に、着実な一歩を踏み出せるからです。

         ・          ・

さて、

「あなみ」の言葉のこと、「天・並み」何て意味にと取りやすいですが、

ちょっと違うと思う様になってきました。

「あ・な  み」の語感と言うようでしょうか?

「並ぶ」 では、違うと思うのですね。

どのような働きがあるのかを、模式的に例えたのが「もとあけ」であるからです。

単なる、羅列の表現ではないと、  そのように基本理解に基付いて考えますと、

「あ・な」 であって、そこからの「み」の事、 これが「ア・ナ  ミ   カミ」の意味だと。

Photo

ヲシテ時代の言葉の考究には、出例の吟味に拠るところが、

最善のものであると考えておりまして、40年変わることなく私の信念です。

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直訳誤訳の困りものの人達の行為に対しまして、

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」

として、表現をしておきますと解り易いかと考えました。売国のレベルだと言うと、言い過ぎでしょうか? ねずみ男の様だと言うと、ぴったしかも知れません。

原文を読みますと、本当に麗しく、感激します。

でも、一端、漢字仮名交じり現代文に直訳しましたら、偽書になってしまう。

何故ならば、言葉の経年変化の時代性を無視するので、誤訳になるからです。

1300年来の誤訳です。

1300年来の事、この間に、国語は大幅な変化を経て来ております。

1300年来の、国語の変化を無視して直訳するから、偽書になるのです。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

根拠のことなどは、こちら。

ホツマの名称の事は、こちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

直訳偽書の「秀真伝(しゅうしんでん)」も「偽書」の一連と同等です。

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