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2017年4月17日 (月)

モモの花と、骨皮筋衛門の文章の事。「猫跨ぎ文」。今村聡夫氏の文章の事。

折角美しい花を付けても、
野鳥のウソがツボミを食べてしまう場合もあるそうです。
Kuraimomo2
          <鞍居桃が咲きました。> 
ウチの方の、標高40m程では、
ウソの活躍もあまり見かけません。
Uso1
  <綺麗な鳥です。ウソと呼ばれています。
   何故なのでしょうか? 良く解かりかねております。 >
300mから400mの標高にもなると、
ウソが大活躍だそうです。
Momo1
         <左下に、雀などに回転すしのご飯をやっています。
          足りなくなるので、コンビニのおにぎりもカラス用にやってます。
          大き目にバラしてやるのがカラス用です。
          パラパラまで細かくバラしたのはススメ用です。
          もう、今日は、カラスはご馳走さんで完食でした。
          ススメも、8割がたご馳走様でした。>
高地では、モモのツボミが、全部食べられてしまって、
ひとつも花が咲かないそうです。
でも、そこにはワサビのうつくしい花が咲きます。
Wasahi1
                <ワサヒです。
                 下の写真は、ヤマサクラです。>
Sakura2
 
Sakura
世界や宇宙の解明が進んできて、「マルチバース」の考え方も、
定着しつつあります。
つまり、
宇宙はあちこちと出来ていて、
わたくしたちのこの宇宙ばかりでは無いのでは?
の考え方です。
これも、一定の支持を得るようになってきています。
所変われば… 、で御座います。
とは申しましても、
子供だましな様な段階とは、大きく区別が必要で御座います。
例えばですが、
北朝鮮の高層ビルディング群が、実は、張りぼてだったと、
グーグルアースで解けた等なこともありました。
世界は、実に、奇々怪々で御座います。
Kuraimomo3
         <昨日の有り明けのお月様と鞍居モモです。>
なにはともあれ、
根拠をどこに据え得るのか?
が、重要です。
根拠の有りや? 無しや?
此処が、とっても重要で御座います。
「偽書」の類との区別を、ここから、明瞭に区別を付けてゆく訳で御座います。
            ・        ・
つまり、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、
『古事記』『日本書紀』との原文対比の比較から、
記紀原書の位置付けの根拠を確かめて、論考もして有ります。
そうしてから、
また、
筋だけ追って行っての、ダイジェスト文ですと、
骨皮筋衛門の文章になってしまいます。今村聡夫氏の文章が、そういう事で御座いますね。
骨と皮と、そうして、筋(スジ)だけ。
つまり「張りぼて」なので御座います。
筋肉量が運動不足などで減少してしまったら、
10分間でも椅子に座るのも、おしりが痛くなります。
人は生命体ですから、筋力を、維持してゆくのが大切で御座います。
人体にとって、筋肉量の維持は大切な要因です。
根拠の確定が、やはり、重要事項で御座います。
何でも、簡便にヌキヌキで、
そう言った、
なんでも、ややこしいものは、
運動もたんぱく質の摂取も面倒だからと、除去にしましたら、
結局、骨皮筋衛門の状況になってしまいます。
簡単な、3秒理解にはもってこいです。
が、
ちょっと、目的が違っちゃって来ていると思うので御座います。
それで「猫跨ぎ」。

すなわち、
これも、
我が国の貴さを、すべて除去してしまうので、
読んでみたら気持ちが悪くなるのです。
だからなのだと、
思うのは、わたくしだけだからの個人的な感傷なのでしょうか?
やっぱり、
愛情が無いとダメなんですよね。
手をさわって、ぷくぷく柔らかい、良い事です。
と、わたくしは思います。
ダンス友達で、いつも感動しているお方で、
お手が柔らかくて、昨日は、その秘訣を聞いてみましたら、
それは、洗い物の際にかならずゴム手袋!
だそうでした。
呉服のお店をなさっているので、主人からこれだけはいつも言われて。
でした。
また、ご主人の美的な感覚にも勉強になっています。
文化的なこともそうですし。
肉体が美しいです。
私たちの、人体の絶妙のシステムに、いつも感動します。
肉体の事もそうですし、
歴史や我が国の事、
祖国に対しての愛情のこと。
祖先に対しての感謝と愛情です。
同じことであると思います。
ヲシテ文献の文脈の行間に書かれてあることが大切です。

              ・
筋だけを追っての、
いわば、簡便に極めた、。
骨皮筋衛門の文章は、「猫跨ぎ文」だとも申せましょうね。
愛情の99%を除去して、自分の言いたい放題をそこにくっ付けるのは、
『古事記』『日本書紀』の漢訳をやっていった、8世紀ごろの手口と一緒で、
どうしても、排除してゆくべき、
あやまったやり方です。
そういうように、
8世紀ごろにも、
みんな、わが国の大切で本物のたからものを、取り去ってしまったんですよね。
換骨奪胎の貶めの直訳です。
だから、そういった目的の人達の文章は、
とっても、筋(スジ)は簡単に解かり良いので御座います。
それは、ひとつの名案かも知れません。評価のできる一つにも数えられましょうか。
         ・           ・

でも、なのです。
ここで、目的の事が、
みなさま、頭をよぎっては参りませんでしょうか?
つまり、
わが国は、縄文時代から立派な国柄だったということ。
考古学の発掘の成果からも、
この事は段々と判明してきています。
幾ら何でも、
どれほど、どんなにも、
解かり易くても、
読んでみると、
読後の感覚が、「きもちわるい」なんですね。
どうしても、  です。
そこには、
換骨奪胎のプロセスが有ったからおかしいのです。
「トのヲシヱ」の愛情が抜けているのだと思います。
その文章にはです。
               ・
いわば、
折角開いたモモの花を取り去って、
トリのウソにもやられちゃった場合もあります。
Uso1_2
が、ですね。
そのような、寂しくも、余りにもさわやかになり過ぎて…  、のような、
木の枝だけのモモの春の風情なのですね。
愛情も感じられ無い文章は、情けない事で御座います。
この辺りの、良否の区別判断の事が、
ヲシテ文字が読めて来てこそ、
なるほど! と、
お解り頂けるのが、
その時間的な猶予が必要なのが、
わたくしには、とってももどかしいので御座います。
わが国は、「縄文立国」であった、と言う事実で御座います。
考古学からは段々と解かって解明も為されてきています… 。
どう言えば、
上手くご説明が出来るのか?
40年来に悩み続けて来ております、
大きな命題で御座います。
ヲシテ文献の原文で読んでおりましたら、
今村聡夫さんの文章は、どうにも、気持ち悪いと思うので御座います。
つまり「張りぼて」の感じが解かり易いのでは?
それが、どのような、原因と・結果なのか?
その思案につきましての、ひとつの試案の試みで御座います。
もちろんのこと、
私の感覚が思い誤りなのかも知れません。
でも、女房も、
大筋に、同意してくれています。
女房も同様に言ってますから、
わたくしひとりだけの、身勝手な思いでも無さそうで御座います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月12日 (水)

今日は、一転して、緊迫の時事問題です。

一連の北朝鮮情勢から、
緊迫した空気を、感じて来ています。
https://this.kiji.is/224574917987090441?c=39546741839462401
このような、時事問題に関しての、
多くの、状況を勘案しますと、
有事はもはや避けられにくいのか?
とも、
思われます。
もう、
崖っぷちですね。
時間の問題になった感もあります。
最終判断は、「きゃんきゃん」言ってた方が、大人しくなるのかどうか?
ですが、 これは、わたくしには予想も付きません。
最悪の事態に備えて、
何はともあれ、出来る準備を、内閣官房でまとめています。
わたくしも、ですが、
それなりに整えております所で御座います。核戦争時代においては、
見えざる核物質は、「見える化」するしかないので、
ガイガーカウンターの、簡単なものなど、
ふたつ用意しています。
マスク類なども出来るだけ携行しようと努力中です。
これからの時代、
こういった備えは、必要なのかな?
でしょうか。 
       ・       ・        ・
 
豊かになったには、良い面もありますし、
また、リスクも多くなる訳で御座います。
明日がどうなるか?
そう言った意味での「不確かな時代」に突入してしまっていることは事実です。
そこの、根幹をどう整えるのか?
わが国の「ヲシテ時代中期」にさかのぼり、
また、「ヲシテ時代草期」にさかのぼる「トのヲシヱ」の復活をこそが、どうしても必要だと、そのように考えている訳で御座います。
 
でも、その前に、
「ツルギ」の力を如実に示してこそ、
おかしな人たちは大人しくなります。
この過程が、今まさに必要です。
どう転ぶかは解かりませんけれど、
今きちっとした判定を突き付けないと、
おかしな人たちは、まだまだ、野放図に「ハタレ」にやってくるのです。
此処が一番肝心のところで、
マトモ側が、きちっとした判断と処理をすること。
ここは、トランプ大統領の優れた仕事だと思います。
ナアナアでは、またまたまた、やられちゃうばかりです。
今では、あっちこっち、テロがあっちに有った程度です。
ですが、毎日1000件も起きたらもはや収拾も付か無くなります。
そうなると、本当にひどい事態になります。
今ならばこそなのです。
誰かが、「ええかげんにせいよな!」と、言わねばならない状況です。
それは、こんな事態に陥ったのは、
これまで、耳に聞こえの良い、
まあまあ、の空気が為せるわざでした。
いつかは、清算の時期が来るのです。
「偽書」の類にぐちゃぐちゃやってた、おかしげの人達も、
如何なく慙愧の念に駆られて来ることで御座いましょうか?
良し悪しは、早い目に白黒付ける時代になって来ましょう。
時の流れが、早くなって、ちょっとした間違いも、
見過ごされなくなるような、
シビアな時代に突入ですね。
大きな時代の潮流は、誰さし得ない竿ですね。
一休さんの「人生 一竿」の書を、
松本善之助先生が座右に掲げておられました。
どう? 竿を指してゆくか?
極めて難しい時代になりました事で御座います。
でも、
そこには、ヲシテ時代に戻り遡及してゆくと、
本当の根幹の価値感覚を理解できます。
古典の本当の価値は此処に有ると思うので御座います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月10日 (月)

『江部康二の糖質制限革命』の新著の出版です。  「ヲシテ国学」との共通点の事。

江部康二先生の大きく拓かれた「糖質制限」が、
社会現象になってまいりました。
Tousituseigen
でも、勉強不足で間違う人も未だに多い事、
江部康二先生も頭を悩ませておられます。
そのあたりを解きほぐそうと、『江部康二の糖質制限革命』(東洋経済新報社)の出版です。
すなわち、
「糖質」を制限したら、他のタンパク質や脂肪の栄養素を多く摂取しないと、
栄養不足になると言う観点がどうしても欠如しがちな事です。
それで「糖質制限」の言葉より「糖質置き換え」の方が、
誤解を生みにくいかと思ったりもします。
でも、「糖質制限」の言葉はインパクトが有って、
もう、一般言葉になってきています。
おそらく、近々には国語辞典にも掲載されますでしょう。
 
       ・       ・
 
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ国学」でも、
抜けやすい概念が、
「偽書」との区別です。
「ヲシテ・フォント」を使わせて欲しいと言ってきた人の、
お話を、例に挙げます。
このお方は、まだ、「偽書」類との区別も付いていないのでした。
それで、ヲシテフォントを使ってもらったら、おかしくなるのは必定です。
もうちょっと、ヲシテ文献になじんでからにして下さいと、
そのように、言いました。
           ・ 
江戸時代とか、明治・大正・昭和ごろに創作されたのが「竹内文献」とか「カタカムナ」などなどの、いわゆる「神代文字」の類いです。
それらがどういう様に「偽書」であるのか。
『ホツマツタヱ発見物語』(松本善之助著、池田満編、展望社)の208ページに、松本善之助先生が詳述されています。
まずは、「竹内文献」とか「カタカムナ」などなどの、いわゆる「神代文字」との区別を付けて貰うところからが、第一番目のはじめになります。
さて、
次には、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」は、ヲシテ文字で記述されていますから、
ヲシテ文字の読み書きを、原文のヲシテ時代中期ごろの5・7調の文章に、
親しんでもらう事が、どうしても必要です。
また、わたくしも、
『ホツマツタヱを読み解く』(池田満、展望社)291ページからにて、直訳文からの離脱の方法を述べて居ります。
わが国の古典が発見され、研究も進んできました。
原文に触れて貰わないと、直訳文の異質さが解からないからです。
2000年近くか、もっと前にも遡る文章ですから、
今現代の言葉に直に当てては、おかしく成る道理です。
 
1アヤ、2アヤの暗唱と、読み書きが大体出来てくれば、
直訳文にしてはおかしい、「因幡の白ウサギ」や「ミミズク」をくっ付けたらおかしいと、
そう言う事が感じられてくると思います。要するに、我が国の国士たるその覚悟、愛情の有りや無しや! に尽きる事かと思われます。
 
『ホツマ縄文日本のたから』(池田満、展望社)には、その感触を掴んでもらえるように、
原文暗唱の為の朗読をCD付録をしました。
 
そうしてまいりましたら、
次ぎに確認して貰いたいのが、
『古事記』『日本書紀』との対比です。
原文での、同内容の比較対比を通して、
漢字の移入の時期に、どう言うような改竄が為されて、
我が国の貴さが貶められたのか?
この辺りの詳細が解かります。
「偽書」を混ぜては、おかしいでしょう! という事です。
何故ならば、「国学」を建て直そうとしている目的が有るからです。
それで、依拠するにたり得るのは、記紀の原書の確認のできる、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」ならではなのです。
それで、「ヲシテ国学」の提唱をしています。
この、大きな目的に、齟齬があればわたくしは袂を分かつという事になります。
当然の事で御座います。
さて、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」を読むについて、
総合的な指南には『ホツマ辞典』(池田満、展望社)を参照なさって下さい。 
 
             ・
 
人の寿命を、イノチを大切にするとは、
ヲシテ時代の草期にも「縄文哲学」の根幹に座った考え方でもあるのです。
2代アマカミのクニサツチのトのミコトは、
クワ(桑)のイチコ(ベリー、果実)をお食べになって、長寿を実現なさいました。
『ミカサフミ』に出典があります。
旧版の『校註ミカサフミ・フトマニ』も同ページです。
Kotohuki1
 
Kotohuki2
 
この時代は、もちろん、稲作以前です。時代の確認は『ホツマ辞典』(池田満、展望社)を参照して下さい。
そうして、
アマテルカミは、初代のクニトコタチさまの頃の時代のことを、
深く憧憬の念を持って、たびたび語られておられます。
つまり、
多くの人口を安定して養えるようにと、
時代は稲作に向かって来ていたのですが、
寿命の短くなってきていることが、
アマテルカミの悩みの大きな事項でした。
さて、
そこの所が、
今の考えどころです。
「糖質制限」で、医療費が激減できます。
人工透析に掛かる費用は、おひとりさま、年間500万円!も。
経済的な利得の数字を揚げておられます。まさに「革命」とも申せましょう。
それもそうですが、
人工透析にベットに括り付けられて何時間もつらい時間を、
一日おきぐらいにしてゆくのは、どう見ても、ご本人にも苦痛でしょう。
糖尿病は、合併症も多く発生します。
ガンも、アルツハイマー病も、心筋梗塞も、予防効果が高く期待できそうです。
それらを、未然に防いで行けるのが、「糖質制限」です。
あれ?
アマテルカミのお悩みが、これで、解決できますよね。
ただ、美味しいものを一杯食べるようになるので、
エンゲル係数は上昇することは覚悟せねばなりません。
どちらにしましても、
人生、選択の連続です。
どちらを、どう? 選択してゆくのか?
その基準を得るのが、古典なのです。
それが、『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」です。
 

      ∞     ∞     ∞

そうそう、タバコを吸わなくする禁煙の事で、
追記して申し上げたいことが御座います。(平成29年4月10日)
初見から気になっていましたお方の事ですが、
数日前に、
タバコをぜひお吸いになられないようにと、
あと20年の寿命を是非とも!
と、
奇縁の事が御座いまして深くお願い致しました。
やっと、
お聞き入れくださいました所で御座います。
気になってはおりましても、
その気になられて下さいますタイミングが御座います。
そのあたりの雰囲気を察知するのは、
カラスなどトリは巧みです。
ヲシテ文献にも、典拠が幾つも御座いますね。
カラスは賢いです。よくわかっています。
多くの学びを、カラスにも、わたくしたちはしてゆくと楽しい事で御座います。
Karasu1
Karasu2
なお、
『ホツマツタヱ』など「ヲシテ文献」での、
語彙の検索・索引の機能の事は、
クラウドで出来るようにと、
大阪の森本さまがシステムを構築して下さっています。
お使いになられますと、格段の理解の進展に繋がります。
お問い合わせは、コメント欄にどうぞ。
コメントは、基本的に公開はしませんので、ご安心ください。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月 9日 (日)

織田信孝の神戸城跡の事。 「ヲシテ国学」の樹立の事。

織田信長の本能寺の変の後、
織田信孝は、一時、跡目相続の筆頭にも押された人物でした。
Kanbajyou3_2
織田信孝の栄えさせた神戸城(かんべ)城。
金箔の瓦によって、5層の天守閣が光っていたそうです。
でも、わたくしの行く時、
何時も不思議に、なかなか晴れてくれません。
昨日も、サクラにも、との曇り。
Kanbejyou2
織田信孝のこと、少し考えてみました。
Kanbejyou1  
エリートだったのでしょうね。
見下していたのですね。秀吉を。
評価をしなかったから、でしょうね。
他人の気持ちを理解して、
その評価を出来なかったから、
秀吉に反目されたと、見れるのですね。
三法師を担ぎだしたりされたのは、ここに、原因ありという事でしょう。
 
             ・
花冷えで、夜の雨でした。
ハルの夜に、フクロウが「ホー ホー」と、
盛んに鳴いています。
    フクロウの声は響ける
    ハルの夜の しずくにモモの
    花は開ける 
 
夜も明ければ、
鞍居桃の花が、
2分咲きにもなっていましょうか?
今年は、ヲシテに文字から、原文から親しんで下さる、
良いお方が多く集って下さいまして、
頼もしい事で御座います。
Chinaに本格対峙するには、
わが国の本物に立脚しなくてはなりません。
ヲシテ文字であり、ヲシテ時代中期に集中して編集されたヲシテの名文です。
わが国語が、ヲシテから醸成されて形作られています。
このこと、大きな立脚点なのです。
「訳文中毒のヤクチュウ」は、どう見ても、ダメ筋です。
もちろん、「直訳偽書の秀真伝(しゅうしんでん)」は論外の事で御座います。
なにしろ、
私たちの目的は「ヲシテ国学」の樹立にある訳で御座います。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2017年4月 6日 (木)

森神逍遥さん『人生は残酷である』(桜の花出版)の出版のお祝い。 「ヲシテ国学」の学位の事。   森神逍遥さん、純粋さなること。

敗戦後の、進駐軍のコントロールのもとや、
シベリア抑留帰りの苦労なさったお方々など、
恣意的な偏執的思想の流行があったのを、
いよいよ、挽歌によって送る本です。
Zannkoku
おもしろいです。
書き初めの文句に、またしびれました。
「人生は残酷である。 …  地上の生命たちはみな、死にかかった途端に周囲の生物から餌として扱われ、アリやハエなど小さな生物たちが集(たか)りはじめ、あるいは鳥や小動物や猛獣に食べられてその一生を終えるのである。」
森神逍遥さんとは、
前著の、『侘び然び(わびさび)幽玄のこころ』(桜の花出版)
Photo
からのお付き合いで、
「あなたは日本人として「侘び」と「然び(さび)」について明瞭に語ることが出来ますか?」の謳い文句に、ビビッとしびれたのでした。
かなりのことに、ビレビレになっちゃいました!
それから、事あるごとに、ご縁が開けました。
今回は、女房にも一冊お贈り下さいました。
こんな椿事は初めてで、女房も、お礼を書く!
と、張り切っております。
と言いますのも、女房の陶器展(旧姓からの、森みの里)に欠かさずおいで下さっているのです。
やはり、評価をなさって下さっていますからですね。
でも、
まだ、お会いしたことが無いのも事実です。
そのうちには是非に! とも、思って居ります。 
森神逍遥さんは、
10歳で、自分の自立萌芽が起きたとのこと、すごいと思いました。
(p36、日記)
そういいましたら、
私の祖先には、源満仲がいまして、生きるの死ぬのと言うようなその切羽詰まった時代も何とか生きながらえて来てくれたので、今の私の生存もある訳で御座います。生命の不思議は、いつも感じます。

         ・       ・
 
敗戦後の偏執的な思想とのお別れの後に、
わが国の本当の真実に向き合う、
「日本回帰」への欲求が起きて、
そうこうして、遡ってゆきますね。時代を真面目にですね。
私たちの本質の本物にですね。
そして、
ある人は、「仏教」、「禅」に行き着いたりします。
更にも遡ったら、漢字や漢文に来たりもします。白川静さんのあたりです。
また、「神道」にも行き当たりもします。でも、考えてもみて下さいませね、「神道(しんとう)」の読み方からしても、ご想像にも堅くないように、重箱読みでして新・旧とアチャラとコチャラの概念のゴッタ煮の混ぜ混ぜです。「しんどう」だったら、筋は通ります。ですが、それやダメだと、言うわけです。そうして「しんとう」と読めと言うわけですね。頭のキレのもう一つの私には、重箱読みは、釈然としないので御座います。どっちにしても、いわゆる「神道(しんとう)」も、また「古神道」でも同じで、漢字渡来以降の産物です。やっぱり、きちっとしたよすがには成り得ません。根底が漢字読みでやってるからには、どうしても時代落ちもいいとこで御座います。
どっちにしましても、千数百年来、漢字渡来以降の我が国は、文化・文明のその事からしましたらサンドバックに幾らにでも叩き据えられたのです。ひどい話で御座います。このこと、まったく、現代のわたくし達は知らないままだったのでした。唖然とします。
 
そうしたなかに、
その後に、現代研究が、随分と進展しました。
もう、「ヲシテ国学」の旗揚げにも、準備に不足が無くなって来つつあります。
そこで、
「日本ヲシテ研究所」で、「ヲシテ国学」の認証制度を設けていっても良いか?
とも思いつつあります。
「博士相当」の認定。
「修士相当」の認定。
「学士相当」などなどの認定です。
服部幸應さんの免状の騒動が有りましたが、
わたくしは、認証側のサイドじゃないかと思うので御座います。
無位無官で、その方が、今の現状を見渡してスパッとしていると思うんですね。
そのうちに、国家主体の研究所にと作り替えてゆくイメージです。
どうしても、今現在、わたくしは無位無官がそぐわしいです。
なぜならば、まだ、それなりのマトモな評価に付いての一端のはしくれも、頂いたような事は御座いませんからです。
絶対評価におきまして、わたくしたち「日本ヲシテ研究所」が、最高の評価集積団体であるような事ですね。
 
そう申しまして、考えてみましたら、現在の時点で、
「博士相当」の認定の候補は、東京の青木純雄さん、大阪の平岡憲人さん、東京の斯波克幸さん、四国の合田静江さま。
「修士相当」の認定の候補は、和歌山の小池さん、東京のベベさん、など多数。
 
と、言うような事でよろし御座いましょうか? 記入漏れが有るようでしたら、お知らせ願います。
「学士相当」のお方の認定の候補作成には、皆さまの、お力が必要になって来るのかと思います。
要するにのところ、
「ヲシテ国学」の樹立に向けて、
土台は整って来つつあります。
さて、その、大きな構想に向けて、
どう言った構造を構築してゆくのが、
今現在の諸実情に照らし合わせてベストなのか?
この、問いに対して、真面目に考えてゆくべきだと、
そういう思いで御座います。
何はともあれ、わたくしは、無位無官がスキッとしていると、
そのように思っています次第で御座います。
千年三千年のうつくしさをこそ、が、
わたくしのたっての信条で御座います。
 
おかしげ蓮舫さんの言い草でもないですが、「一番でなくちゃいけない」
と言うわけでもないのですが、
わが国の伝統は、お軽ーいナショナリズムに浮かされる訳でもなくて、
すごいのですね。
そこを、Chinaの人達は訳が解かららないので責め立てて来るのですけれど、
全然、意味も為さない袖違いです。
文化と言いますか、文明と言いますか、根底が違うと、
余りに違う世界ですから困惑です。
蓮舫さんも、美人だったと思っていましたが?
一体全体のところ何人なんでしょうかね?
其処が、一番の注目度に成っちゃいましたですね。
それなら、
真実を明瞭につまびらかに明かして説明してもらいたい処で御座います。  ですがね…  。    ? 。 
 
 
               ∞        ∞
 
―4月7日追記― 
 
森神逍遥さんのこと、
実に、今、発見した感じが有りました。
今、二回目を読んでおります。
前著では其処まで私の理解は至りませんでしたが、
何かしらの、強いビビッと感を覚えました。
今回の新著には、
国家感の純粋さを、本当に美しい、珠玉のように見ました。
どんな宝石よりも、美しいです。
美しさとは何か? ですね。
 
女房も、
読み始めたという事で、
こんな純粋な人!!
と、
それは、驚いていました。
 
本当のうつくしさとは、ここに有ると思うのです。
 
所謂俗人の横行するなか、
うつくしいひと、晴れ晴れとした思いで御座います。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

«「あ」と「わ」の文字認識の事。私には読めますが… 。