2009年7月10日 (金)

出来得る限りの、オリジナルに戻る大切さ。 真実には殉じるほどの心意気。

明治から昭和にかけての尊敬する人に、
山田孝雄先生がありました。
近郊の人に、石碑の書を頼まれた際に、
『もとの文字でなら』良いですと、承諾されたのでした。
みんなに読み易いように、漢字かな混じりで口語訳にして、
と、言うアイデアは、一蹴されたのが山田孝雄先生でした。
劣化コピーを恐れられておいででしたのでしょう。
今も、山田先生の書の万葉歌碑は、
東北、涌谷町の黄金山神社の社頭にしっかりと佇んでいます。
       ・
東北地方で、産金のところと言うと、
昭和の始め頃までは、
石巻の沖合いの金華山がつとに有名でした。
江戸時代に、金華山の僧侶が宣伝に長けていたからなのでしょうね。
しかしながら、
江戸時代から研究の盛んになった『万葉集』には、
ひとつの和歌がありまして、
小田郡の場所であることが鮮明な事実であると発見されたのですね。
ここに、金華山側の僭称の事実が明瞭に成りました。
この発見を受けて、地元の有志が、
当時、尊敬されていた山田先生に、恐る恐るお願いにあがったのでした。
仙台にお住まいの山田先生は、『万葉集』にある原字原文でなら、
と、石碑にと、揮毫なさって下さいましたのでした。
わたくしが、山田孝雄先生を尊敬申し上げる故は、
梅沢伊勢三先生の研究を始めてお認めになられた、事にも拠っています。
梅沢先生は、『日本書紀』『古事記』の原字原文での対比比較の研究をおこなって、
『古事記』よりも『日本書紀』の方が原資料により忠実であることを、
解明されましたのでした。

『記紀批判』『続記紀批判』(創文社・梅沢伊勢三、昭和37年、昭和51年)

簡単に一言で言うと、『日本書紀』より『古事記』こそが内容的に新しい時代の作品であると言うことです。

また、言葉を変えて言いますと、日本の源流を訪ねようとしたら、『古事記』よりも『日本書紀』を重要視すべきである。と言う事になります。

解ったならば、その真実に殉じてでも貫く姿勢。

これが、真摯な姿勢と言うものだと思います。
後年、梅沢先生は、亡き山田先生のお住まいだったお宅にお住まいになられたのでした。

そして、梅沢先生は、「古事記学会」のトップに推されてもおいででした。

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2009年7月 9日 (木)

他人に言うには、ゆっくりじっくりと構えて下さい。「秀真伝」頒布者に陥らない為に。

ヲシテ文献の事を知ると、

他人に言いたくなるのは、人情だと思います。

でもしかし、世情にあふれる空気は、「とんでも」範疇に、

まだまだ、分類されてしまいやすい現状です。

2000年近くも、眠っていたわけですから、

仕方のない事だと思います。

        ・

さて、どうしましょうか?

それには、

押しも押されもしないほどに、

自分自身の理解として、しっかりと勉強し尽くしておくことが、

もっとも重要な事だと思います。

『古事記』『日本書紀』との対比比較の点につきましては、

おそらく必須と申せましょう。

Photo

            <鏡作坐天照御魂神社・田原本町(たわらもと)>

現在のわたくしたちの使用している言葉・単語のほとんどが、

漢字文献を基にして形成されています。

それらの概念と、

漢字文献以前の時代に存在していた概念とは、なにがどうちがうのか?

このあたりの事情が、理解出来て来て、はじめて現代人にどう説明すると良いか? という、事の要所が解かってくるのではないかと思います。

それまでは、出来れば、あんまり他人にヲシテ文献を語らずの姿勢が、あなた様にとりまして有効・有意義な対処位置でありましょうかと思います。

           ・

以前にも、

やたら、バタバタ言い触れまわる人が幾人も出現しましたが、

それは、長い先々の将来の希求すべき姿を思い浮かべた際に、あんまり、有り難い事とは言い難い事でした。

何故なら、訳もわからなくてのバタバタは、

「秀真伝」頒布運動になってしまうからなのですね。

「秀真伝」頒布者は、ピエロですね。

ピエロになっては、しょうがないのですね。

それは、

双方、四方、八方、さらに未来にとっても不幸です。

ヲシテ文献の読み進め方は、こちらを参照してください。

例として、「タツ」の事の解き明かしはこちら。

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

せっかく見つけた、漢字以前の高度な縄文日本の文明、

なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

共に、即、廃棄してください!  捨ててくださいね。

偽書運動には、終末を迎えさせなくてはなりません!

 

  

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2009年7月 1日 (水)

『よみがえる日本語』の出来るまで。 「歴史研究会」さんにもお世話になりました。

本の出来るまでには、

多くのお人のご協力が、それぞれ、

強力にあってこそ、実現できてきます。

         ・

とくに、販売上に、目先明るそうでもない書籍なら、

なおさらです。

昔から、お世話になって来ていました、

「歴史研究会」の月刊雑誌上に、

宣伝文を掲載して下さいました。

「歴史研究会」の母体が新人物往来社です。

 「歴史研究」誌、 第573号(平成21年7・8月号)

Rekiken1_edited1_3

文字数にきびしい制約がありましたので、

この、文章では、思っていた事の、10分の一ぐらいも書けていません。 詳しくは、『よみがえる日本語』を、お手に取られてご覧くださいませ。 

   ・        ・

同時、右隣りページに掲載の、宣伝文です。

Rekiken2

Rekiken3

良い本を、作ろうとすること。

それは、一種、わたくしたちの将来を良くして行こうとする、

気持ちに燃えたところがあるから、実現して行くのだと思います。

この書籍は、立派なこころざしの信念に貫かれているのだと、

関係各位もご理解納得為されて下さりましたわけだ、と、

申せましょう。

どうぞ、お買い置き下さいますよう、お願い申し上げます。

 アマゾンへは、『よみがえる日本語』

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漢字表記してるので、スグ分かります。  お間違えなく!

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なのに、外国文化の色眼鏡で貶めて見ようとする、構造的な間違いです。 偽書ですね、気持ち悪いですね。

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2009年6月27日 (土)

鳥の声は、然程の変化はないか? ホトトギスのこと、「ききす」との合致。

ホトトギスが、このところ良く鳴きなす。 良い夏の日なのでしょう。

明け方の4:00頃にはほぼ100%。

暮れの17:00頃には60%ほど。

あとは、適当のようです。 さっぱり掴めません。

この頃は、

どうしても「ホトト キキス」と叫び鳴いているように聞こえます。

この鳴き声は、何千年単位でも、たいして変わっていないのでは?  と思えますが。

     ・

「ホトトギス」

と、聞こえるのと、

「ホトト キキス」

と、聞こえて来るのとでは、大分に様相が変わってまいります。

「キキス」ですと、 ヲシテ文献に接近しての理解が可能になるのですね。

Photo_3

「ききす」は、上記の8例の典拠があります。

うち、17-34の例は聞きに行く役目の使いの意味ではありませんので除きましょう。

そうしましたら、7例にあるような問いに行く役目としての「ききす」である事が解ります。

これが、ヲシテ文献の例です。

でも「ほととぎす」・「ほととききす」の出例はヲシテ文献にありませんでした。

         ・

さて、「ほととぎす」が出典するのは、『万葉集』からです。

「ほととぎす」は、『万葉集』にはかなり多くの出例があります。

         ・

さて、

鳥の鳴く声の変化は、何千年来の緩い変化があるだけであったろうと、推測しますが、如何でしょうか? この推測は、そんなに的外れでもないかと思いますが…。

さて、さて、そうしますと、

漢字国字化時代の以前にも、「ほととぎす」は、同じように叫び鳴いていたのであったと、想像してよろしいのかも知れませんです。

      ・         ・

わたくしは、あともう2~3年で、40年間にわたりヲシテに没頭して来たわけでした。それででしょうか? 「ホトト ききす」 と、かの鳥の声は叫んでいるように聞こえるのです。

「ききす」  んー。

先程に、ヲシテ文献の出例の典拠の7例の掲示をしましたでした。 どうでしょうか? 『万葉集』であれ程までも多くの出例のある「ホトトギス」です。人々の生活の身近に当時の社会状況にあっては密接な親近感が数百年は保持されていたと想像してもよろしいのではないか? 動的平衡と形容してもよろしいかも?

毎年、初夏になると、

「ホトト ききす」  「ホトト ききす」

と言って、叫び鳴く鳥が来る。

「ホトト」は「ほどあい(今の調子は)」 どんなものですか?

調子良いですか?  幸せですか? 

それがどうだか、

問う使者のことを「ききす」と呼ばれて来る。

そして、ヲシテ文献には「キキス」として記録された。

        ・

やがて、

漢字国字化時代になって、霍公鳥(ほととぎす)、杜鵑、時鳥などと表現されて記録された。

歴史は連続があると思うのです。

ただ、ちょっと見の外見については、びっくりするような、違いがあっても、それが、実のところは繋がっているのですね。例えば、江戸・明治のびっくりするような違いとしてちょんまげを廃しました。また、洋服が一般的な通常衣服になりました。履物は、少し遅れて一般化しました。洋服に、下駄の風俗が結構長らく維持されていたようです。それは、単なる外見だけですね。人々の人生におけるまことを見極める本質については、当初に於いてはそんなに変化はなかったのでした。

    ・            ・

実は、

外見の変化なんて大したことないかと思います。

それよりも、

今、現在においてこそが、こころの次元において、

驚愕の大きな変化が起きつつあるようなのですね。

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「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

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2009年6月23日 (火)

「ヲシテ」の発生原理、 つまり、「国語」のみなもと。  桜井の茶臼山古墳の事など。

暖められ、冷やされ、それがすべての、

移り変わりの源(みなも)とですね。 

「うつほ・かせ・ほ・みつ・はに」

の内の、「かせ」と「ほ」の事です。

今、エネルギーと表現し始めてますが、

もっと良い表現があるかもしれません。

        ・

桜井の茶臼山古墳で、木柱の柵で囲んであったとの遺跡が掘り出されたそうです。 腐り易いものであり、掘り当たるのは、宝くじのように何万分の一の確立のようです。 宝くじを当てる事を、これをあてにするのは、ちょっと、うちのそばで鳴いているホトトギスにも笑われてしまいそうに思えます。

すでに、押しも押されぬちゃんとした根拠が揃っているのに、

目の疎(うと)い人には、

その光り方の鋭い燭光も目の前には有っても、見えないモノなのですね。

         ・

桜井には、

女房が、近くに行って写真を撮って来ました。

Photo

古墳の全体像です。

Photo_2

道標です。

右、 たふのみね (とうのみね・多武の峰・談山神社)

    大みわ (三輪・大神神社)

Photo_3

結構、昔にも発掘調査をしていたようですが、

新たな発掘発見が有ったそうです。          http://www.asahi.com/culture/update/0612/OSK200906120102.html

昭和24年からは、すでに、何年たっていますかね?

再調査での再新発見だそうです。

再発掘をやって初めて解ったそうです。

発掘での掘り出し発見は、骨董品の掘り出し物にも似てますね。

宝くじに似ていると、言った方が正鵠を得ているのかも知れません。

        ・

ヲシテ時代の「もも」のこと、

なかなか解りませんが。

「やまもも」は実りました。

Photo_6

香りも良いです。

 

 

 

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古史古伝、は「偽書」です。  お間違えなく!

「秀真伝」も「偽書」の一種です。

「秀真伝(しゅうしん でん)」は、ヲシテ時代の人名を

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